Ⅲ.2010年1月

2010年1月 一覧

12月初旬には44Kgだった体重が、1/1には39Kgに。
段々と食欲を戻し、外食に行きたがるようになりました
つらい時間は長かったけど、「また必ず食べれるようになるから、
また(抗がん剤を)やってもいい」と言っていました
副作用の脱毛がはじまり、「抜くと気持ちいい」と、何度もむしっていました
身辺整理をはじめました

リビングのソファで寝ていたのが介護用のベッドになり
楽になったと言っていましたが、すぐに入院の運びになりました

1月初旬の検査で脳への転移が見つかり、
食欲がやっと戻りかけたところで、今度は脳への放射線治療がはじまりました
「またがんばるから景気づけに」とステーキを食べてから入院したものの
すこしずつ副作用は重くなり、点滴の数が増え、不手際が重なり、
病院と治療への不満が高まっていきました
何よりも食べることが好きな母にとって、苦痛だけの入院生活になり
1月末日、とうとう病院での治療をやめることにしました

この入院中、母の闘病生活を大きく変えるアロマと出会いました

1/31
1/30 自宅外泊
1/29 決定的な病院・点滴嫌い
1/28 Living will
1/27
1/26
1/25 病院・点滴への不満が高まりはじめる
1/24
1/23 自宅外泊
1/22
1/21
1/20

1/19 アロマとの出会い

1/18

1/17 愛猫「みー」が亡くなる

1/16 自宅外泊

1/15

1/14

1/13

1/12 放射線開始

1/11

1/10

1/9

1/8

1/7

~1月初旬 脳への転移が認められる

| | コメント (0)

1/31 

朝お父さんに病院に連れていってもらったけど(点滴のため)
点滴3回失敗したから怒って帰った。
点滴カイロを持ち帰って、綾南、中央、にっこうをドライブして昼に帰った
叔父さんに点滴に来てもらって、首に針を入れた。
点滴終わって少し寝た。

15:00ごろからまたドライブ。
長良川の堤防を走って、昔よく行ったレストランの前を通り
蘇原のダンスを教えた公民館や市民センターを見に行って、
新境川の堤防でサイダーを飲んで、結婚式場のレストランへ行って
木曽川の堤防を走って、ダンスホールでルンバ踊ってるのを外から見て帰った。

手~肩のマッサージをして寝た。
お父さんが薬と痛み日記をもらってきてくれた。
夜は叔父さんが栄養の点滴 1時間弱

手のリハビリのやり方を見て、病室でも見よう見真似でマッサージをしていた。
肩をまわしたり、ひじを動かしたりするのが特に好きで、
肩が自分で上げれるようになったのはこのマッサージのおかげ、と言ってくれた

| | コメント (0)

1/30 自宅外泊

朝の3時間の点滴中不機嫌で、病院も治療も嫌そう。
担当のY先生ともまともに話さなかった。
Y先生はお父さんと会って話がしたい、でもお父さんは仕事でなかなか時間合わせて来れない、そんな話をしている時に「僕にも家庭があるもんで(時間がなかなか取れない)」という一言に、お母さんもムカッとしていた。

荷物を全部まとめて、と言う
病院に戻るかどうかはわからないけど、と言うけど、私はショックだった

車に乗ってすぐに吐いてしまった。
モンレーブ(ケーキ屋)に寄った
帰って荷物整理してたらおねえちゃんとままが来てくれた
まず写真を見て、やよいはごはんに出かけた
戻ったらもう整理は終わっていたから、ケーキの準備していたら
くにあき君が来て、5人で食べた。

疲れたから切り上げてもらって、夜まで寝た。
起きてトイレとかしてたらおじさんが来たから、今後の治療の話をした。
月曜と火曜はキャンセル、リハビリだけはしたい
お風呂に入った。

放射線 休み

| | コメント (0)

1/29 決定的な病院・点滴嫌い

夜勤の、8年目だと豪語する看護師が何度も点滴を失敗して、
ふてくされて黙り、文句を言ったら泣いてしまった
「あなたは針で血管ほじくりまわされる痛みを知らない」
「患者の前で泣く?8年目で何を学んだの?」等、散々言った様子
他の看護師も失敗して、日勤の看護師は手の甲に針を入れた。
夕方の点滴も1時間遅れて、あーだこーだと言い訳したらしい
ご機嫌ななめで、お父さんにも八つ当たり。
叔父さんにも聞いてもらった。

サンクドノア(通販のケーキ)のカタログが届いた。

放射線 14/16

| | コメント (0)

1/28 Living will

1/28 午前11:30
・現状をキープするだけの治療はイヤダ!
・楽に死ねるようにしてほしい。いっちゃんにも頼んでほしい。
・モルヒネを大量にとって頭がおかしくなってもいい。それで楽になるなら。
・頭がとても弱くなってきている自覚がある。
 12時にCTを撮る、その30分前に鎮痛剤を飲むと看護師に言われたが、
 その計算自体がわからない
・いっちゃんによく頼んでほしい、楽に逝けるように
・痛くなく、楽に死にたい。
・いい状態で早く終わりたい。
・いっちゃんから「今の治療で現状をキープできる」と言われ、気力がなくなった


・Living Will

朝、お父さんに今の気持ちを代筆してもらっていた。(上記は一部)
痛み止めを飲んで、CTは撮れた
「撮らないと治療を進められない」と医師に言われたが、
「撮れてしまったから治療を進めないといけない。撮れなければ良かった」

お父さんにたくさん怒ってしまって落ち込んでいる。
夕方からしばらく話した。お父さんが来るまで寝ていた。
いっちゃん叔父さんにもよく話を聞いてもらった。

放射線 13/16

| | コメント (0)

1/27

やよいは夕方までこれなかった。寝ていた
担当のY先生がみえたとき少し起きたけど、だるそうにすぐ寝た
ルート点滴の話をしていた。
20:00すぎに点滴が終わるまで寝ていた

今日は大体予定通りに進んだけど、明日は腹部と脳のCTがあるから憂鬱。
めんどうくさい、めんどうくさいと何度も言う
お父さんが泊まるので簡易ベッドを入れてもらった。
忙しかったみたいで、来たのは23時ごろになったらしい。

放射線 12/16

| | コメント (0)

1/26

昨日のCT、経過は順調との事。
今回の放射線が終わったら、本来なら2クール目の抗がん剤のはずだが、
それはせず、子宮に放射線をする。

手のリハビリが昼になって、少し寝たら救急車が来たりしてしっかり寝れなかった
その後も看護師や担当医がちょくちょく来て起こされた。

写真の焼き増しをして、ダンスの写真をまとめた。

放射線 11/16

| | コメント (0)

1/25 病院・点滴への不満が高まりはじめる

朝8:20頃病院について、点滴を先にすることになったけど
看護師二人が下手で何度も失敗してシビレを切らしたら、好きな看護師が来てくれた。
点滴にとにかく時間がかかったせいで歩行リハビリができず、夕方になった

放射線と造影CT(注射で造影剤を入れる)をしてから、昼過ぎまで寝た。
のどがかわいていたけど飲まなかった。
手のリハビリが終わってからサイダーをコップ1杯飲んだ

グリセオールがついたら昼ねして、やよいは帰った
おねえちゃんから電話があった。今度の土曜は昼すぎにみえるとの事

夜お父さんが来てくれて、メロンソーダをサイダーを出しっぱなしで帰ってくれた。

放射線 10/16

| | コメント (0)

1/24

朝7:30にお父さんに病院に乗せていってもらって点滴
早くにはじめたから、11:30ごろ帰れて、夕方お父さんが帰ってくるまで寝た。
やよいは昼過ぎに来たけど、一緒に寝た

お父さんが、らんたくん(猫)がまた脱走したと思って探していたけど、
毛布の中にくるまっていた。
お父さんは帰ってすぐ、組親類の方と玄関でずっと話していたからご機嫌ななめ。

くにあき君がきてお父さんと食事に出かけた。やよいが来てすぐに帰ってきた。
サイダーがたくさん。おねえちゃん・ままと電話した。
珍しく4人で話していたら叔父さんが来て10分の点滴してくれた。
それからお風呂に入ったら気持ちよさそうだった。
お風呂から出て、クリームを塗った。

放射線 休み

| | コメント (0)

1/23 自宅外泊

朝早いうちから点滴をはじめたので、予定より少し早く終わった。
外出泊が待ち遠しくて、うきうきとやよいに電話した。
朝少し便通。モーニングを食べに行って、戻ったら吐いてしまったけど
それからは帰るまで吐かなかった。4足の杖を貸してもらった。

右手がきれいに開くようになった、とグッパをして見せてくれた。
右足も自然に上がるし、びっくりした。

昼、お父さんが仕事に行ったら少し寝て、夕方やよいが行ったら
2階の化粧品の整理をした。1階の奥のタンスの服は量が多いから、
おねえちゃんが来た時直接見てもらうことにした。
化粧品や細々したものを整理したら、お父さんが19:00頃帰ってきて
おばあさんと外食に行った。
叔父さんが点滴しに来てくれた。10分くらいで終わった。

放射線 休み

| | コメント (0)

より以前の記事一覧