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~病気がわかるまで

母はダンスが趣味であり、教える仕事をしていました
ダンスを教え、家に帰ると愛猫4匹が迎えてくれる
父とは”喧嘩するほど仲がいい”そのもので、外食に行けばそれでご機嫌。
姑(祖母)とは食事や温泉に毎週行くほど平和なものでした
私は長年住んだ京都を離れ、実家の近くで一人暮らしをはじめたところで、
週末の温泉や食事にはよくついて行きました
とてもケチで、自分は出さずにいつも祖母に出してもらっていました

無類のケーキ好きで、毎日2~3個のケーキを食べていました
華奢な体系で、ケーキをそれだけ食べても太らない、羨ましい体質でした
スリジェダムールのケーキが特に好きで、昔スリジェが店舗を新しくした時
父が「スリジェの階段(のお金)は君が出してる」と言ったそうです

2009年秋ごろから母の様子がおかしくなり、ささいなことでイライラし
もともと人付き合いが好きではなかった性格に拍車がかかって近所や親戚を嫌い
父や祖母とは顔も合わせない日が2ヶ月ほど続いたようです
祖母が母に話しかけて何度も怒鳴られたので怯えるようになってしまいました
週末の食事&買い物は私と祖母の二人で行くようになったので、
母は買ってきてほしいものリストを作るようになりました

私に対してはそれまでと変わらない態度だったので
このころ実家がどんな様子だったのか正確には知りません
このころの母は、好きなタレントの話や愚痴などを何時間でも喋りたがり、
猫をじゃらしながら上の空で聞いていても
「やよいちゃんは話をずっと聞いてくれるから好き」とよく言っていました

この頃、「おりものがある。しばらく前からたまにあったけど、最近はずっと」と
何度か聞かされました
更年期障害がぶり返してるからイライラもするんだと話していて、
特に知識のない私は「ああそんなものなのか」くらいにか思っていませんでした
腰が痛い、タバコをうまく持てない、頭がぼーっとすることがある等、
今思えば症状が出始めている内容も
トシだねー疲れてるんだねー更年期障害だねーと聞き流していたことが悔しくて仕方ありません

白内障を患い、1月に手術を予定していた母は
「12月でダンスをきっぱり辞める。
手術したら目が良くなるから、ひたすらテレビとお笑いDVDを見る。
貯めたお金で一人で外食に行ってブラブラして遊ぶ」
と宣言していました
「ボケる前に病気で死ぬの。10年くらい遊べば十分」とよく言っていました

医者である叔父(父の弟)の病院で、白内障の手術に必要な検査を受けたのが12月初旬
そのとき叔父に「おりものがある、おなかと腰が痛い」と軽く相談したところ
叔父はすぐに気付いて「ねえさん、すぐにM病院に行って検査しなさい」と助言し
病院嫌いで健康診断も行きたがらなかった母がやっと検査を受ける気になりました
*M病院・・・叔父が提携医になっている総合病院

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